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日本ユニセフ協会に募金をしました

東日本大震災が起こったとき、家そのものは壊れませんでしたが、室内の棚におさまっていた食器などが壊れてしまいました。

原発事故が起こったこともあり、電気も使えなくなりましたし、水道やガスも使えなくなりました。

部屋の中を片付けましたが、冷蔵庫も使えませんし食事を作ることもできなくなりました。

普段利用しているスーパーやコンビニに行っても、すでにお店で販売していた食品の大部分がなくなっていましたし、道路も不通になっていたので新しい食品が入る目途が立たないということでした。

生まれてから物に不自由をしたことがない世代だったので、お金はあるのに買いたいものが買えないという状況はかなり衝撃的でした。

 

■避難所はごった返していた

それでも食べないわけにはいきませんから、町内会や自治体で配られていた防災マニュアルを確認して、避難所とされる場所に状況確認をするために向かいました。

そうしたらすでに地元の商店やスーパーから、避難をしている人たちのために物資が集まっていました。

みんなが協力する姿勢に勇気づけられましたし、それからも続々と物資が届きました。

物資を運んできたコンビニやスーパーは無料で配布してくれましたし、大手飲食チェーンの中にはケータリングのトラックを運んできて出来立ての食事を被災者に振舞ってくれました。

またその中には日本ユニセフ協会が配布をしてくれた毛布なども含まれていました。

被災する日数が続くにつれて、被災者はどんどん疲れやストレスがたまってきます。

避難所では些細なことで喧嘩が起こるようになりましたし、小さな子どもたちは非日常に突然放り込まれたことによって、いつもとは違う表情をしたり落ち着かない態度をとる子もいました。

そんなときに、日本ユニセフ協会から派遣されたスタッフが子ども達のために、塗り絵を提供してくれたり退屈しないようにお話し会を開いてくれたこともありました。

大人だけで相談をしなければならないことがあったときに、子どもの面倒をみてくれたことによって、少し気持ちが楽になりました。

そして子供たちも失っていた笑顔を取り戻すことができたので、良かったと感じました。

 

■ユニセフに感謝して

その後、少しずつですが復興することができ、今では震災被害にあう前と同じ穏やかな生活をしています。

ただ、被災をしたときに辛さはいまだに記憶が鮮明になっていて、避難所で物資を提供してくれたメーカーの品物をお礼の意味を込めて購入するようになりました。

さらに日本ユニセフ協会にも少しでも役立てばいいという気持ちから、わずかですが募金をしています。