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オードリーを救ったユニセフ

私事ですが、32歳の時に小さな子供2人を抱えて離婚した経験があります。

幸いにも当時正社員として企業に勤めていましたので、子供たちも無事に学生を終え社会人になるまでに成長してくれました。

子供たちが社会人になると、生活に余裕が少し生まれるようになりました。

街中で募金活動などを見かけると、その活動の趣旨に賛同できても募金箱にお金を入れることが気恥ずかしいと思う心があります。

余裕ができた分のお金を何か人の役に立つことに使いたいと思ったときに、インターネットで「国境なき医師団」という活動を知りました。

この活動に52歳の時から少ない金額ですが毎月寄付活動をさせていただいています。

国境なき医師団は、世界中の戦争地域や災害発生地域で医療を受けられない地域に医療スタッフなどが駆けつけ援助をする活動をサポートします。

小さな子供たちが医療を受けられずに死んでいくのは悲しいことです。

世界の子供たちの支援をする活動で有名なものに「日本ユニセフ」があります。

私には「ローマの休日」という大好きな映画があります。

この映画には若いころの可憐なオードリー・ヘップバーンが主演しています。

このオードリーが活動を支援しているということで「ユニセフ」の活動に興味を持つようになりました。

オードリー自身が第二次世界大戦の後にユニセフの支援で食料や医療の援助を受けたそうです。

大好きな人が、戦争の後に食べ物や医療で苦しんだ。

そして、その援助をユニセフがしたのだと思うと、この活動に大きな興味がわきました。

日本ユニセフの取り組み

日本は、戦後目覚ましい復興を遂げ、戦後生まれの私は平和な世の中しか知りません。

世界中には戦争が今でもあり、苦しんでいる人々が存在することを、身近に感じることができません。

目に見えないものはないもの、自分には関係のないこと、そう思うことを非難することもできません。

ですが、日本ユニセフの活動がどういうものか知る人が増えれば、世界中の子供たちの支援につながることは間違いないような気がします。

そこで、もしも時間と心に余裕があれば「日本ユニセフ」のホームページをご覧になってみてはいかがでしょう。

私のようにオードリーのファンの方なら「オードリーの言葉」の頁をお勧めします。

そして、日本ユニセフの活動に賛同されたらホームページから簡単に募金・寄付をすることができます。

街頭募金だと恥ずかしくて募金箱にお金を入れられない、そんな方ならインターネット募金は向いているかと思います。

東日本大震災が起こったとき、家そのものは壊れませんでしたが、室内の棚におさまっていた食器などが壊れてしまいました。

原発事故が起こったこともあり、電気も使えなくなりましたし、水道やガスも使えなくなりました。

部屋の中を片付けましたが、冷蔵庫も使えませんし食事を作ることもできなくなりました。

普段利用しているスーパーやコンビニに行っても、すでにお店で販売していた食品の大部分がなくなっていましたし、道路も不通になっていたので新しい食品が入る目途が立たないということでした。

生まれてから物に不自由をしたことがない世代だったので、お金はあるのに買いたいものが買えないという状況はかなり衝撃的でした。

 

■避難所はごった返していた

それでも食べないわけにはいきませんから、町内会や自治体で配られていた防災マニュアルを確認して、避難所とされる場所に状況確認をするために向かいました。

そうしたらすでに地元の商店やスーパーから、避難をしている人たちのために物資が集まっていました。

みんなが協力する姿勢に勇気づけられましたし、それからも続々と物資が届きました。

物資を運んできたコンビニやスーパーは無料で配布してくれましたし、大手飲食チェーンの中にはケータリングのトラックを運んできて出来立ての食事を被災者に振舞ってくれました。

またその中には日本ユニセフ協会が配布をしてくれた毛布なども含まれていました。

被災する日数が続くにつれて、被災者はどんどん疲れやストレスがたまってきます。

避難所では些細なことで喧嘩が起こるようになりましたし、小さな子どもたちは非日常に突然放り込まれたことによって、いつもとは違う表情をしたり落ち着かない態度をとる子もいました。

そんなときに、日本ユニセフ協会から派遣されたスタッフが子ども達のために、塗り絵を提供してくれたり退屈しないようにお話し会を開いてくれたこともありました。

大人だけで相談をしなければならないことがあったときに、子どもの面倒をみてくれたことによって、少し気持ちが楽になりました。

そして子供たちも失っていた笑顔を取り戻すことができたので、良かったと感じました。

 

■ユニセフに感謝して

その後、少しずつですが復興することができ、今では震災被害にあう前と同じ穏やかな生活をしています。

ただ、被災をしたときに辛さはいまだに記憶が鮮明になっていて、避難所で物資を提供してくれたメーカーの品物をお礼の意味を込めて購入するようになりました。

さらに日本ユニセフ協会にも少しでも役立てばいいという気持ちから、わずかですが募金をしています。